イサム・ノグチ
2018.08.05
イサムノグチは、石の作家というイメージが強い。

そう思っていたのは私だけかもしれないが、実は鉄板を使った作品や造園設計、更に舞台の小道具なども手掛けるマルチなアーティストである。

下の写真はかつてニューヨークのイサムノグチ美術館に行った際に撮影をした作品の一つである。かの有名な「あかり」デザインシリーズに通ずる非対称の構成が感じ取れる作品である。また、鉄板の一部にスリットを入れたり、切り込みを折り返すシンプルな技法を使った作品であるが、シャープな切断面が作品全体と周囲に心地よい緊張感を醸し出している。これはニューヨークで作られた作品だからだろうか。

イサムノグチは日本人とアメリカ人のハーフである。なので作品のどこかに「和」の要素が出てくる。そう考えるとこの作品は「禅」の世界につながる白と黒で構成される水墨画にも通じるようにも見えてくる。

また、大小の対の構成は男女の寄り添う姿にも見える。それは作品の一部がつながっていることからも想像に難くない。

「抽象の面白さはこのように様々な想像を膨らませることができることである」と先日書いたが、いい音楽を聴き、美酒を楽しみながら好きな作品を愛でることは幸せな時間であることは間違いない。

2018.08.05 21:58 | 固定リンク | アートシーン
夏休み
2018.08.04
小学生の頃は夏休みが長く感じた。時には退屈に思うことさえあった。しかし、今は「夏休み」ということも意識することなく、夏はあっという間に過ぎていく。

なぜ、同じ期間なのに、この様な感覚の違いがあるのだろうか。それはきっと人間は物事を相対的にとらえる、あるいは感じる習慣があるからではないだろうか。人は常に安心をしたいと思うのは当然の欲求だが、比較対象がないと優劣が判断出来ず、安心が得られない。比較対象があって初めて安心できるのであれば、その比較対象を探すのは当然のことである。つまり物事を相対的に観ているのである。

1日について考えてみよう。例えば10歳の子供の場合、単純に言えば3650日分の1日だとすると、50歳の大人の場合は、それが18250分の1日となる。そうなると1日は、絶対的には1日であるが、相対的には5分の1の長さになる。

「あーだから年齢を重ねると、時間があっという間に過ぎていくと感じるんだ」と納得した。同時に、改めて時間を大切にしなくては・・・と思った。
2018.08.04 23:19 | 固定リンク | 社長のつぶやき
凪ラーメン
2018.08.03
今日の夕飯は凪ラーメンである。

それも、家族4人で凪ラーメン。とても珍しいパターンである。たまたま川口駅周辺に全員が集まっており、じゃぁどっかで飯でも食べようということになったが、いつも「凪ラーメンがうまい」と話をしていたら、「連れていけ」ということになり、凪ラーメンになった。

わが家の4人がお店に入ってから、着席率が80%程で、感覚的にはほとんどの席が埋まっている感じであった。そこで考えてしまうのはなぜ流行っているかである。自分なりに考えてみると、
・味がいい
・接客がいい(店員の愛想がいい)
・お店が奇麗
・メニューが多すぎない。
・トイレが奇麗
勿論、立地や回転率もあると思う。しかし、上記のようなある意味当たり前の事が出来ていることが大切だと思う。使い古されて言葉ではあるが、「凡事徹底」は永遠の真理だと感じた。そしてきっと気が付いていない見えない秘訣や仕掛けが間違いなく山ほどあるはずである。

帰り際、店員さんが「いつもありがとうございます」!。客の立場からするとたまらない優越感である。また行こうと思ってしまうのは当然である。

2018.08.03 21:17 | 固定リンク | 社長のつぶやき

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