定義
2019.02.18
同じ国に住んでいて、言葉が通じなかったらどうなるだろうか。
非常に住みにくいことこの上ない。言葉が通じるというのは便利であるし、安心である。

同じコミュニティとして考えたとき、会社で使う言葉が通じなかったらどうなるだろうか。つまり、使っている言葉の意味が全社で共有されていなかったらどうなるだろうか。

例えば、私が「青いファイルを持ってきて」とある社員に頼んだとする。
その社員が「持ってきました」といって渡してくれたのが黄色いファイルだったとする。
そんな馬鹿なことがあるか・・・と思われるかもしれないが、もし、私の「青」が、その社員にとっては「黄」であったとしたら、その社員を責めることは出来ない。なので、「青とはこれです」と教えてあげる必要がある。

繰り返すが、そんな馬鹿なことが?と思われるかもしれない。
そのような方は以下のような質問を社員にしてみると良い。

・営業とは何ですか
・マーケティングとは何ですか
・出荷とはなんですか
・売上とはなんですか
・お客様第一主義とは何ですか・・・・

社長と社員が同じ答えをするだろうか・・・?
その前にそれが何であるか、社長が明確に答えることが出来るだろうか。
私はそれが出来なかった。そしてそれが重大な欠陥であることが分かった。

「共通の言語」、「共通の認識」が大事と言うが、特に「共通の認識」が大事である。これが出来ていないと、いわゆる「言葉が通じない」ということになってしまう。全く分からないのであればまだ聞いてくれるのでよいが、お互いに何となく分かっているような言葉であると、猶更性質が悪いということになる(続く)。

2019.02.18 20:41 | 固定リンク | 社長のつぶやき
挑戦をするとき・・・
2019.02.16
会社でも個人でも様々な挑戦をするときがある。特に大きな挑戦をしようとするときは、期待と不安が混在した複雑な気持ちになるのは人間であれば当然だと思う。

そのような時に、「きっとうまくいく、頑張れ」と応援をしてくれる人がいる。
逆に「そんなのムリじゃない、やめといた方がいいよ」と言う人もいる。
中には、「失敗した時の覚悟はできてるんだろうね・・・」冷やかに語り、気持ちを挫く人もいる。

冷静に考えてみると、実はどちらも正しい。
「きっとうまくいくよ」と元気づけてくれるのは大変ありがたい。同時に余りにも安易に言うのは無責任の場合もある。逆に「無理じゃない」の方は、楽観的過ぎる場合に諫める効果もある。

そんな時に思うのは稲盛和夫氏の「楽観的に構想し、悲観的に計画し、楽観的に実行する」という言葉である。人は悲観的過ぎると何もできないし、目の前のチャンスを捕まえることは出来ない。逆に楽観的過ぎると大雑把になりすぎ失敗する。しかし、何もしないと何も生まれないし、前進や成長がない。

私は、新たな挑戦をする人がいたら、この稲盛氏の言葉を投げかけ、しっかりと応援をしてあげたいと思う。



2019.02.16 19:39 | 固定リンク | 社長のつぶやき
環境整備点検
2019.02.15
今日は月一回の環境整備点検であった。

環境整備点検とは、各部署の整理整頓が出来るているかチェックをし、項目毎に点数を付けるという社内行事である。この日は朝から何かと騒がしい。なぜなら点検に向けて急場しのぎで整理整頓を進めるからである。

普段からやっておけばいいものの、基本的にはやらない。夏休みの宿題と一緒である。しかし月に1回でも行うとその日に向けて適当にやっつけで取り敢えず奇麗にする。それでもやらないよりはマシということでずっと続けている。今年で8年目である。

ちなみに点検者は社長だけではなく社員も一緒に点検する。そうしないと社長が全部点検をすることになり、大変になり時間もかかる(全部で21項目もある)。それに社長だけでチェックをすると社員から総スカンを食う可能性があるので、同じ穴の狢を作っておく必要もある。

更に今日からはI-PADを使って点数集計を始めた。これはとても便利で、集計が瞬時に終わったり、「問題あり」の箇所の写真を簡単に残せたりできる。更に面白いのは点検の進捗が画面で分かるので、どの点検項目に時間がかかっているのかが分かる。つまり、点検がスムーズにできないのは、その箇所と方法に問題がある・・・と言うことが一目瞭然になる。

このように毎月1回このような機会が社内にあるのはとても刺激的である。
2019.02.15 22:41 | 固定リンク | 社長のつぶやき
インターンシップ
2019.02.14
最近の新卒採用にはインターンシップが不可欠である。一種のブームとも言える状況になっている。

なので、モリチュウでも新卒採用向け「インターンシップ」を今年から行った。内容は、鋳物の「造型」と言う工程を体験してもらうといったことである。美術大学などに通っている学生さん以外で鋳物を作る機会はまずないはずなので、かなりレアな体験が出来るインターンシップである。

「造型」という工程は簡単に言えば、砂で湯(溶けた金属の事)を流し込むための空洞部分を作る作業である。そして、造型をする際に、自分のイニシャルを入れられるようにし、それにより世界に一つのオリジナル製品が製作できる(今回は鋳物のコースター)・・・といった内容になっている。

作られた砂型には後日湯が注がれ、仕上げをした後本人に郵送されることになるという、結構充実したインターンシップになっている。

砂型を作る作業を指導するのは、今年入社1年目の社員と、今年4月に入社予定の内定者たちである。彼らももちろん鋳物については素人なので彼らにとっても鋳物を学ぶ機会となっている。

インターンシップ参加者、そして内定者にとっても、すこしでも造型や鋳物の面白さを感じ取ってもらえればと思う。いずれは、社員教育のプログラムに発展させ、その先は外部の方に鋳物体験コーナーなどが出来たら面白いなぁとも思う。

そんなことも、今回のインターンシップのような活動の積み重ねであることは間違いない。
2019.02.14 23:02 | 固定リンク | 社長のつぶやき
普通
2019.02.13
「普通」と言う字を調べてみると、「いつ、どこにでもあるような、ありふれたものであること。他と特に異なる性質を持ってはいないさま」と書いてあった。しかし、この「普通」というのが曲者である。

ある時とても驚いたことがあった。環境対策で日本が「ディーゼル車」に対し排ガス規制を掛けようとしたときに、逆にヨーロッパでは、環境対策でディーゼル車を促進するというのである。日本では、ディーゼル車は排ガスに窒素酸化物の発生が多いためガソリン車を推進、しかしヨーロッパでは、燃費効率の高さや二酸化炭素(CO2)排出量が少ないということでディーゼル車を推進した。

「ところ変われば品変わる」であるが、同じ車なのにここまで180度評価が違うのか・・・と驚いた。

ここで分かることは、自分の常識が他人の常識ではない、つまり自分の当たり前は他人の当たり前ではないということである。そして、それは価値観や視点が違うことによって変わるのである。

先日テストセミナーを行ったエマジェネティクスは、このことを教えてくれる。

ちなみに、価値観や視点も時代の変化とともに変わる。いまや、欧州ではディーゼル車も敬遠されはじめ、ハイブリッドカーや電気自動車への移りつつある。時の流れで普通で当たり前が変わるというのも事実である。

要するに、普通というその人や社会の雰囲気が勝手に決めた固定概念であり、実は常に定まらないものである・・・という自覚は大切なのである。
2019.02.13 21:13 | 固定リンク | 社長のつぶやき

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