挨拶
2020.08.14
「挨拶が大事」ということは常に分かっていること。

先日、武蔵野の矢島専務の講演があったが、毎回話が出てくる「悪習慣の整理」。よくある悪習慣の一つとして、「声が小さい、暗い」がある。人の第一印象は笑顔と声のトーンで決まる。なので、「大きな声で、ハキハキと」は大切。その中でも特に朝一番の挨拶は最も大事と考えている。

朝の「おはようございます」という明るい挨拶は本当に気持ちが良い。しかし残念ながら何回言ってもそれ出来ない人もいる。そこで考えてみた。なぜ「大きな声で、ハキハキと、明るい」挨拶が出来ないのか・・・そこで気が付いた。そうか良い挨拶がどういうものか分からないからだ。


「えっ何当たり前のこと言ってんの」と思った方もいると思うが、よくよく考えてみると、自分の顔を自分で見ることが出来ないように、自分の挨拶がどのように見えているのかは分からないはずである。そしていつまでも変わらない人は、自分は「大きな声で、ハキハキと、明るい」挨拶をやっていると思っている、つまり自分は出来ていると思っているということだ。

そうなると、出来ていない人には「出来てないよ」と伝えなくてはいけない。しかもそれを主観ではなく客観で伝える必要がある。ではどうしたらよいか・・・そこで思い出した。以前別の会社で騒音計を入れているのを見たことがあったなぁ・・・。

ということで、早速導入。自分でやってみて、80dB以上であれば良いという基準を作った。これで主観は無くなる。数字ではっきりわかる。

悪習慣はなかなか治らない。唯一の方法は、悪習慣を行っていることを日々意識させる習慣を身に付けることである。日々80dB以上という数字を意識する習慣によって、この悪習慣がなくなることを期待したい。1年後には全員が元気な挨拶が出来るようになっていて欲しい。
2020.08.14 14:44 | 固定リンク | 社長のつぶやき
マスク
2020.08.02
コロナで新しい日常と言われているが、その代表的なものはマスクの着用であろう。

夏でも構わずとにかくマスクをつける。マスクで困るのが、相手の顔が判別できない時があることである。もちろん毎日顔を合わせていれば相手の顔もわかるが、久しぶりの方だと分からない時がある。

先日も「あ、森さん」と言われたが相手の方が誰だかわからない。そういう時はそれを気づかれるとまずいという咄嗟の判断が働き、「あーどうも」とか適当な感じで答えてしまう。「失礼ですがどちら様でしょうか」と聞く勇気もなく、そこで込み入った話になると途中で相手が誰だかわかるのだが、そうでないと結局分からずじまいということもある(この時の気まずささと言ったら筆舌しがたい)。

しかし、なぜ私の顔が分かったのか不思議であったので、その点を自問してみた。そこで気がついたことがある。そうか、マスクをしてると口元は見えないが、目元は見える。この下がった眉毛は特徴があるのですぐに分かるのであろう・・・。

わが眉毛は自分にとってはコンプレックスで(もっとキリッとした眉毛であればモテモテだったのにと悔やむこと長年)あったが、これがこんな時に役に立つとは。

この下がった眉毛も悪いもんじゃない・・・と少し自信を持ったwithコロナ、withマスクである。
2020.08.02 20:43 | 固定リンク | 社長のつぶやき
プロ野球
2020.07.19
コロナの影響でスポーツ関係の開幕が遅れた。プロ野球も例外ではない。そして無観客試合から始まり、今は人数制限をして開催をしている。

ところで、私が子供の頃は、テレビでほぼ毎日プロ野球が放映されていた。東京ではジャイアンツ戦、名古屋では中日戦、大阪では阪神戦などである。そして、プロ選手のプレーに一喜一憂したり、「今は投手交代のタイミングではないだろう」とか言って、にわか解説者となって、根拠のない評論をしていた。そしてそれを楽しんでいた。

最近はいわゆる地上波?での放映はめっきり少なくなったが、BSチャンネルでやっていることを最近知ったので、夕飯を食べながらプロ野球を見ている。投手の配球を読んだり、新しい選手の名前を知ったり、ドラマチックな展開が起こったり(昨日の巨人岡本の逆転ホームランは圧巻だった・・・)と、楽しんでいる。

そして、もう一つ野球の良さに気がついた。それは、球を投げた後、次の球を投げるまでに時間が空くこと。そして3アウトになると、攻守交代すること。なぜこれがいいか?それは、その間にご飯が食べられるからである。

サッカーやラグビーはプレーに目が離せないため、箸を持ったままテレビを観続けているということもある。米粒を口の脇につけたままボケ面して見ているなんてことにもなりかねない。これではせっかくのご飯も冷めてしまい、夫婦喧嘩の元となる。ちょっと食材を口に運んだら、ゴールが決まっていたとかで「決定的瞬間を見逃してしまった・・・」、なんてことにもなりかねない。

なので、やはり夕飯時に野球は欠かせないのである。
2020.07.19 07:24 | 固定リンク | 社長のつぶやき
社長飲み会
2020.07.12
先日久しぶりにライブでの社長飲み会があった。

社長飲み会とはグループ毎に毎月1回行われる飲み会である。1回の人数は社長を含め6人以下とし、部門横断で行う。この人数制限はコロナだからではなく、席が一体化する最大の人数が6人なので、コミュニケーション重視のこの飲み会は以前からこの様にしている。

そして飲み会では様々な質問が出るのであるが、その質問と回答を通して、社員は自分の部門外でどの様なことをやっているのかがわかる。実はこの満足度が高い。

社長は全体を見ているので当然どんなことが起こっているのかがわかる。しかし社員は他の部門のことを本当に知らない。自分の目の前の仕事を精一杯頑張っていれば当然のことである。しかしこの飲み会で部門の情報共有ができる。そうなるとお互いの理解が深まり、忙しい時に助け合える様になる。実はそういった積み重ねがあったおかげか、全社一体となって対応し、ことなきを得たことがつい先日もあった。

コミュニケーションがよくなると言う面と同時に、社員は他の部門のことを想像以上に会社のことを知らないと言うことを実感したのも事実である。「そんなことも知らないのか」は、社長としての傲りであることを肝に銘じないといけない・・・そう感じた飲み会でもあった。
2020.07.12 20:26 | 固定リンク | 社長のつぶやき
専門家会議
2020.06.28
専門家会議

最近「専門家」と言う言葉をよく聞きく。「専門家会議の意見を確認して決定する」、とか「専門家によると」とかである。

実はその度に何か違和感を感じていた。

確かに専門家はその道の専門家なので特定分野に対しての知識は豊富であろう。3人寄れば文殊の知恵とも言うので、会議があり、意見をが交わされるのは問題ないしむしろ必要なことである。特に医療などの専門的な分野の話は一般の人には分からないことも多く専門家の意見を聞くのは当然である。

そして、様々な課題に対し、専門家の意見を踏まえて対策や方針を発表するのは責任者の仕事である。しかし、それを発表する際に何かにつけ「専門家」あるいは「専門家会議」を強調するのを聞くと、どうも責任逃れをしている様に感じてしまう。何か問題があった際に、「私は専門家ではないので」とか、「専門家会議の意見に従っただけなので」と言い訳にしている様に感じてしまう。

やたらと専門家を連呼する風潮が、無責任社会の象徴の様に聞こえる。課題を解決していくために尽力をしていただいているはずなのに、そう聞こえてしまうことが残念に感じる今日この頃である。
2020.06.28 20:24 | 固定リンク | 社長のつぶやき

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