「原因と結果の法則」と「運命」
2018.07.18
広島や岡山を中心に襲った西日本豪雨、大変な被害であることが映像で伝わってきた。

以前、「原因と結果の法則」について書いた。すべての結果には必ず原因があり、それを引き寄せているのは自分であるという「原理原則」が書かれているが、今回の豪雨の結果を自身に原因があるとするのは果たして正しいのだろうか。当然「否」である。広島や岡山に住んでいるというのは先祖代々そこに住んでいたからという方も多いであろうし、地元への愛着もああるだろう。そしてそれはとても大切な感情である。にもかかわらず、その地域に住んでいたあなたが悪い、そこに住んでいる原因を自分が作っていると言うのは、紛れもなく酷な話である。

そうなると、結果的にそれは残念ながら「運命」としか言いようがない。勿論簡単にそう言うつもりはない。しかし何かを変えようと思っても自分ではどうしようも無いことはある。「どうしようもない」と思えることを減らすことはできるかもしれないし、その為の努力は必要であるが、それでも「どうしようもないこと」は残る。

「変えられるものを変える勇気を、変えられないものを受け入れる冷静さを、そして両者を識別する知恵を与えたまえ」( アメリカ神学者、ラインホールド・ニーバー)。

「どうしようもないこと」はつらいが冷静に受け入れるしかないのか・・・。割り切れない部分はあると思うが、きっとそうなのであろう。

変えられない「運命」もある。厳しい現実である。もしそうであれば、最も大切なことは、物事を簡単に「運命」と片付け、それを言い訳にしないことなのだろう。
2018.07.18 20:23 | 固定リンク | 社長のつぶやき

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