学生時代
2018.08.22
学生時代は悩み多き時代である。かく言う私自身もそうであった。今考えるとどうってことないことが、当時はこの上なく深刻なことのように感じたりする。歳を重ねると鈍感になるのか分からないが、逆に触ると切れそうなくらい鋭敏で多感な学生時代は、ある意味つらい時期でもある。

そんな学生時代を「モラトリアム」と呼ぶことがある。「モラトリアム」とは「支払猶予」のことである。つまり、「社会的責任を一時的に免除あるいは猶予されている青年期をさす」と解説されているが、本来であれば「余裕」があるはずの支払猶予時期が、実はつらい時期であったりする。そしていつまでも支払猶予が許されるはずもなく、どこかで「モラトリアム」期間は終わるのであるが、それが終われない人は「自分探しの旅」を続けることになる。その代償は結構大きい。

モラトリアムを脱するには決断をすることが大事である。これは何かを選択するということであり、逆の言い方をすると、それ以外を諦める、あるいは捨てるということになる。諦めるのは良くないと一般的に言われるが、決断をするということはそういうことである。そして他を捨て、残ったところを狭く深く進むと、逆に世界が広がる。ステーブン・コビー氏の弟子であるジェームス・スキナーの引用に「集中するものは拡散する」とある。やらないことを決めて集中すると、そこから新たな世界が広がる。まさに拡散をするのである。

捨てる、あるいは諦めるとは、私にとっては前進するための「積極的選択」なのである。
2018.08.22 22:49 | 固定リンク | 社長のつぶやき

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