ずいずいずっころばし(2)
2018.09.21
昨日、長期出張から帰ってきました。ブログ再開します。とは言っても、また来週から出張で中国なのですが・・・。

さて、「ずいずいずっころばし」の唄で前回は終わっていました。その意味するところを探ろうと思っていたところ、丁寧にも朋友の萩原君(ハギハラですので要注意)が丁寧にも意味をフェイスブック上で答えてくれた。折角書こうと思っていたネタを先に取られてしまい残念ではあるが、このことから出し惜しみはいけないというとを学んだ。

いずれにしても、正論としてはやはりお茶壺道中に関係する歌であり、当時のお役人さんたちを嘲笑した歌であったようである。しかしそれにしても分からない言葉である。「ずいずい」とは「どんどん」と言う意味との説もあるが(Wikipedia)現在の言葉からは全く想像できない。

「本当は怖い日本の動揺」というネットの記事もあったが、「マザーグース」や「グリム童話」など子供向けの歌や物語は実は教訓が盛り込まれていて、さらにそれは怖い内容ということが多いらしい。恐怖心を植え付けながら子供たちに悪い考えや行動を律するという教育的な要素を、歌や物語に盛り込んだのであろうことは想像できる。

さて俗説の「茶壷」については、ここで書くことは控えておくが、これまた朋友の谷君はそちらのことしかイメージ出来なかったらしい。そういう彼にはしっかりと童謡から教訓を学んでほしいが、バイクで世界各国を走りまくっている彼に恐怖心を植え付けるのは難しく、残念ながら時すでに遅しかもしれない。

もし、俗説と思われる「茶壷」が実は本当の意味であるとしたら、それを楽しげに子供に歌わせるのは悪戯にも度が過ぎる気がするが、これをユーモアと捉えるべきかは個人に任せるしかない。

2018.09.21 21:48 | 固定リンク | 社長のつぶやき
ずいずいずっころばし(1)
2018.09.13
先日、大阪からの新幹線の中で突然なぜか頭の中で「ずいずいずっころばし」の歌が流れた。
そして、意味を考えてみたが全くの想像がつかない、と言うよりは余りにも歌詞に脈略がない。
さて、以下が歌詞である。
********************************
ずいずいずっころばし
ごまみそずい
茶壺に追われて
どっぴんしゃん

抜けたら、どんどこしょ

俵のねずみが
米食ってちゅう、
ちゅうちゅうちゅう

おっとさんがよんでも、
おっかさんがよんでも、
行きっこなしよ

井戸のまわりで、
お茶碗欠いたのだぁれ
**************************************
ずっころばし? 
「ごまみそ」に何で「ずい」がつくのか?
「茶壷」に追っかけられるって、何で「茶壷」が追っかけるのか?そんなことあるのか?
実際「茶壷」が追っかけてきたら「ゲゲゲの鬼太郎」の世界でしょ。
「どんどこしょ」って何?「どうしましょう」ってことか?
「ごまみそ」と「茶壷」と「米」の関係は?
なんで突然井戸が出てきたのか・・・?
まったく謎である。東野圭吾か「今でしょ」の林先生に、このなぞ解きをお願いしたい。
(続く)
2018.09.13 00:03 | 固定リンク | 社長のつぶやき
面白い人
2018.09.11
今日は久々に面白いモノを見せてもらった。
別の意味では懐かしいモノでもある。

それは、とある地域のミーティングでの出来事。
私はどちらかと言うとオブザーバー的立場。

やたらと文句ばかり言う人がいる。
自分の知識をひけらかす。
そして、案を持ってきた人に対し、そんなことも考えていないのかと嘲笑的な発言をする。
集まっている場で一人たばこ吸う。甚だしい時代錯誤。他の人は面倒な人なので文句を言えない。

言いたいことだけ言って、あとは責任者に任せるという無責任発言。
自分が仲間に入れてもらえない事に対する恨みなのか・・・
でもそれを作り出しているのが自分自身であることに気が付いていない。

ただ、無為な時間が過ぎていく。
こんなに時間がたってんだから、もういいんじゃないの?・・・と発言をした本人が一番無駄な話をしている。

むかし、ウチの会社にもそういう人がいた。今はいない。

ブレスト、和談・・・議論の方法はいくらでもあるのに、あまりにも勿体ない時間。

そして、今自分のいる環境が、いかに素晴らしくそして前向きであることに気づかされた。
2018.09.11 22:08 | 固定リンク | 社長のつぶやき
万有引力との闘い
2018.09.10
地球上であれば、必ず万有引力が働いている。

これは、本当に特殊な環境を除けばどこにいても働く力である。そして、私たちはそのお陰でよく物を落とす。この落とすは「ものを無くす」という意味での「落とす」ではなく文字通り、高いところから低いところに物を落とすという意味である

今日はふとした瞬間に、ペンが机から転がり落ちた。肘にあたった紙が机から滑り落ちた。手に取ろうと思った鍵が取り損ねて床に落ちた。かけ損ねたタオルが落ちた・・・など毎日何回かは物を落としているはずである。

同じように、工場で作業をしているとよく物を落とす。工具を落とす、ビスを落とすなど日常茶飯事。書類や伝票を落とすこともある。しかし最初に言った通り、万有引力が働いている限り必ず物は落ちる。そしてそれは避けられない事である。しかし落とすと拾わなくてはならず、そこに多くにエネルギーを使う。要するに面倒くさい。精神的にも悪影響を及ぼす。つまり、万有引力に対し「っざけんなよ!」なんて言ったりして機嫌が悪くなっている。

何を言いたいかと言うと、作業改善や生産性は万有引力を意識すること、つまり物を落とさない工夫をすることで劇的に向上するという仮説が成り立つのではないか・・・ということである。必ず物が落ちるということであれば、落ちない工夫をいかにするか。作業スペースを広く確保するとか、例えばホウキなどの細長いものは倒れないようフックをつけるとか・・・。

絶対的に働く力なので、気を抜くと、頻度高く物が落ちたり倒れたりする。ここに注目して改善をすれば、頻度が高い分だけ、生産性が高まるということになる。普段意識していないことだから、逆に意識してみる価値があるのではないか。
2018.09.10 21:04 | 固定リンク | 社長のつぶやき
アルミ鋳物の表現
2018.09.09
日曜日はアートシーン

これはある場所のレリーフを製作した際に、現物見本として製作をしたものである。先日の「お魚さん」でもアルミ鋳物が使われているが、やはり、素材の特徴(そして、製造方法の特徴)をよく知らないと適切なアートを生み出すことは出来ない。

この写真には、アルミ鋳物独特の表現がすべて盛り込まれている。ベースの板にはテクスチャーを入れ、そこに少しふき取りを行うことで、凹凸感を際立たしている。「葉の形」は、凸部分に磨きをかけ全体から更に浮き出し強調されている。葉脈も少しだけ凸にし磨きをかけることでしっかりと存在感を強調、葉全体の立体感を更に強調している。いわゆるこの「いぶし」の表現により、何とも「秋らしい」イメージが感じられるのではないだろうか。

アルミ鋳物に限らず、素材と仕上げ方法をより理解をした上で、様々な建築やランドスケープを演出してほしいと思う。その為にはしっかりとその特徴を伝える努力を惜しまないようにしないといけない。是非鋳物という素晴らしい造形技術に対し、多くの方に興味を持っていただきたい。


2018.09.09 20:16 | 固定リンク | アートシーン

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