社長ブログ

2018.09.07

奇跡の社員(12)

さて、ここからは後日談である。退院後、飛行機に乗れるまで回復をしたHは、今年の6月再び大連に飛んだ。勿論仕事もあるが、同時に当時治療をしてくれた先生に対してお礼に行けるよう出張を組んだという側面もある。

その日の仕事を終えたHは、あの時最初にホテルの部屋にかけつけてくれたOと一緒に大連中山病院に行った。中国ではこのような時、感謝状を持って行くらしく、その感謝状は赤い紙に書くのが習慣らしい。Hは車の中でOから装飾も何もない普通の赤い画用紙を渡され、その場でお礼状を書いた。急なことで気の利いた言葉も思いつかず、また、車中の為書きづらいことこの上なく、ましてや渡された筆記用具は作業現場で使う太いマジック。お世辞にもきれいな字とは言えない、そして小学生並みの感謝状が出来上がり、それを持って病院に入ったが・・・そこで待っていたのはなんとテレビ局のカメラクルーであった。「不治の病から奇跡の生還をした日本人が、初期治療をした先生にお礼に来た」というのは大きな話題となっていたのである。テレビカメラが回る中、Hは先生との再会し、お礼を伝えた。その様子は、「普通の赤い画用紙に書かれたお世辞にもきれいとは言えない字で書かれた感謝状」と共に、中国全土に流れたのである(本人談)。

また、治療をした先生自身もドキュメンタリーの特集番組に出演し、一躍有名になっていた。そして、その番組内でもHのその感謝状は放映されたとのことである。